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2008年12月02日(火)
京王八王子駅
期間:11月15日~11月30日
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▲「もう少し、静かに走れないの!」「スピード違反よ!」
座席の芸者さんが叫ぶ。人力車を引く車夫(石原裕次郎)が呼応する。 「この車には、ブレーキ付いちゃいないんだから!」 人力車で思い浮かぶシーンは、映画「銀座の恋の物語」 オープニングは、人力車が疾走するシーンから始まる。(※1) ▲晴天に恵まれた7月6日。 パーク壱番街通りで、「第4回八王子七夕まつり」が開かれた。 商店街では、この催しの一環として人力車を走らせる取り組みを続けている。 当日は鎌倉から1台、箱根から2台の人力車と車夫3人が応援に駆けつけて 「友情出演」。街並みに風情を添えた。 ▲実況担当の人力屋、大洞さんは、「全国で約400台の人力車があるが、 今日は八王子に5台が集合しました」と語気を強めて解説。 洒脱な話術で、イベントを盛り上げた。 午前11時から、人力車の無料体験乗車が行われ会場は熱気に包まれた。 ▲「憧れは馬車に乗って」(歌・菅原都々子)の軽快なメロディが流れ、 「出発進行」の合図。かじ棒を引き上げた車夫が操る車は、次々と七夕めぐりに繰り出す。 ゆかた姿の若い女性は今回始めて、めったに乗れない人力車に乗車。 「楽しかったですよ!」とご満悦の面持ちで語り、地上180センチの目線で 「恋心」を味わった。 ▲人力車は外国から輸入された馬車をヒントに、明治2年日本人が発明した乗り物。 営業が許可されたのは、国旗が「日の丸」と制定された年の明治3年。 最初は、「人車」と呼ばれたそうだ。 樋口一葉が生きた時代、人力車に乗ることは最高のぜいたくだったらしい。 八王子でも50年ほど前は、見慣れた光景であったという。(※2) ▲午後には市内の置屋「幸乃恵」から、「あやめさん」を始めに芸者3人衆のおでまし。 和やかなムードの中で、記念撮影会が催された。凛とした立ち振る舞いの、芸者さんの あで姿。白粉のお化粧に赤い紅、そして日傘。 日傘といえば、有名な作家が絵(軸)の画賛に、「垣根の向こうを日傘が通って行きましたョ」と 書いたところ、評判が良かったと書いている。(※3) これは自宅の猫が、庭の垣根の向こうを日傘が通って行ったと教えてくれただけの話。 だが、絵を見る方は、イメージを膨らませるものだ。例えば、日傘をさして歩いていたのは、 どんな人だったんだろう? 日傘の持ち主は、妙齢なのだろうか? 芸者3人衆の撮影時に、こんなエピソードを思い起した。 ▲日焼けした顔に汗だくで、車を引く車夫。お客様との一期一会のおもてなし。 人間の情感に伝える人力車は、昭和の風情を漂わせ街を巡った。 なお、「八王子に人力車を走らせる会」では、車夫を募集している。 (条件・肉体、精神力が強い人) 問い合わせは、事務局(042-642-0545)まで。 ■取材メモ 明治時代の平民新聞に、「正直であれ」という記事が掲載されたそうだ。 ある人が、人力車の車夫に諭した。「正直に働けば、金持ちになれるよ」 車夫は、「金持ちになるには、正直は禁物」と答えたという。 平民は不正直にはなれないが、正直だけではどうにもならないことを悟っていた。 会場で、2人の車夫に意見を求めると、「正直さは大切だけど、バカ正直だけでは ダメだということなんでしょうね」腕っ節の太さに、男の魅力を遺憾なく発揮してズバリ回答。 備考 (※1)日活・昭和37年(石原裕次郎・浅丘ルリ子・江利チエミ) (※2)東京駅構内の人力車が廃止されたのは、昭和13年(1938年) (※3)「いい生き方、いい文章」(著者・高橋玄洋・1993年) 写真(撮影掲載承認済) (左)街中を走行する人力車 (中)勢揃いした人力車夫 (右)とってもハッピー! 掲載日付:2008/07/08
沿線ライター:キョンシーさん
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