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2008年12月02日(火)
京王八王子駅
期間:11月15日~11月30日
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○生きていく桜に、春は宿る
◆子安町にある岐阜県学生会館の庭で、淡墨桜が花を咲かせた。 苗木は元々、作家の宇野千代さんが所有されていた。(※1) それを、岐阜県にゆかりのある方に手渡した。 ところが、その方は家の改修工事にあたり、切るか残すかの選択に迫られた。 思案に暮れたものの、嫁ぎ先は岐阜県学生会館に決まった。 難を逃れた桜は、当地に移植された。平成9年の2月のことである。 ◆岐阜県北部の根尾薄墨桜は、明治24年の濃尾大地震で生じた断層のある所に咲く。 ヒガンザクラの巨木で、日本三大桜の一つに数えられ天然記念物にも指定されている。 時の天皇お手植えの伝説が残り、風雪に耐え推定樹齢1000年を超える。 天皇は、「千代に其の名を栄盛へ・・・」と歌に詠まれた。 ◆荒垣秀雄さんが、書かれた薄墨桜の項を引用させていただく。(※2) 「幹の太さ10・5メートル、6人で抱えきれない。高さ22メートル、枝のひろがり約30メートル四方」 「一時枯れかかったのを、酸性化した土をアルカリ性に取り替え、腐った根を切除し、 昭和23年から3年がかりで若木の根を238ヵ所も根つぎを施した」。 (昭和52年・所載) ◆淡墨桜の花期は、平地ではソメイヨシノよりも早く、春の彼岸のころ開花する。 岐阜県学生会館の敷地では、今年も淡く華麗な花が枝いっぱいに咲き誇った。 現在の幹周りは、約1・6メートル。地高約1・3メートルで、3つに分かれ幹を伸ばしている。 「咲き始めは濃いピンク色で、徐々に薄い色に変わっていきます」 こう説明するのは、主事の白石さん。 寮生の杉下さんは、桜を間近に見た感想を満面に笑みをたたえて話す。 「きれいだなあ!と、感じましたよ」。 写真 (杉下さん提供。2008年3月26日撮影) (左)順調に、年輪を刻む淡墨桜。 (中)柔らかな陽光に包まれて咲く、5弁の花。 (右)学業の合間に、休日モードの杉下さん。 備考 (※1)サクラを、モチーフにした着物の意匠も手がけた。 回想記の「生きていく私」は、ベストセラーになった。 (1897年~1996年) (※2)朝日新聞の一面コラム「天声人語」を、戦後あしかけ 18年にわたって書いた。岐阜県出身。 (1903年~1989年) ◎文中には、淡墨桜と薄墨桜の表記が混在します。引用した昭和53年発行の書籍には、「薄墨桜」と記載されております。引用した箇所については、原文を尊重して「薄墨桜」と表記し、その他の箇所は、「淡墨桜」に統一しました。 掲載日付:2008/04/16
沿線ライター:キョンシーさん
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